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神戸地方裁判所 昭和34年(ワ)173号 判決 1963年7月18日

原告 東京海上火災保険株式会社

被告 コニンクライケ・ジヤバ・チヤイナ・バケツトフアート・ライネン・エヌ・ヴイー・アムステルダム(ローヤル・インターオーシヤン・ラインズ)

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金一三七万六一八〇円及びこれに対する昭和三三年七月九日から右支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として

一、原告は海上及び火災保険業を営む株式会社であり、被告は国際的海上物品運送業を営むオランダ法によつて設立された法人であつて、オランダ国アムステルダム市に本店を置き日本国内には神戸市その他数ケ所に支店または事務所を有している。

二、(一) 株式会社南洋物産(以下単に南洋物産という)は、輸出入貿易業を営む会社であるが、昭和三二年二月二七日ブラジル国リオ・デ・ジヤネイロ市のインスチチユート・ド・アクカル・エ・ド・アルコール(以下単にインスチチユートという)との間でブラジル産原糖二万一四七八袋(以下本件原糖という)を代金米貨金一一万〇四〇〇ドル四六セント、F・O・B(本船積込渡建)の約で、買受ける契約を締結し、直ちに株式会社東京銀行日比谷支店に右インスチチユート宛の米貨金一二万五〇〇〇ドルの信用状を開設させ、これを支払手段として右インスチチユートに右売買代金を支払い、右インスチチユートから同三三年一月四日付被告発行の船荷証券(以下本件船荷証券という)を取得した。

(二) 本件船荷証券には、「ブラジル産原糖二万一四七八袋その総重量一二八万八六八〇メトリツク・トンをチサダネ号にてブラジル国サントス港から日本向けに外観上完全な状態で船積した」旨の認証文言があり、かつ右文言に対する何らの留保文言も記載されていない。(いわゆる無事故船荷証券である。)

三、そして、被告は右インスチチユートとの契約に基き本件原糖を被告の所有船チサダネ号に船積してこれをブラジル国サントス港から大阪港にまで運送し、右チサダネ号は同三三年三月一日大阪港に到着した。

四、ところが、本件原糖は、その荷揚のときにおいてすでに、その多数の袋が外見上も顕著な海水濡れ損を生じており一見して重大な破損状態にあつた。そして、社団法人日本海事検定協会の検品の結果、右本件原糖の毀損量は三万一八五一・五六六四キログラムに達することが判明した。

五、(一) そして、右本件原糖毀損に基く損害は、運送人たる被告においてチサダネ号の発航当時これを堪航能力及び堪貨能力ある状態におくことについて注意義務を怠つたことによつて、生じたものというべきであるから、被告は本件船荷証券の所持人たる南洋物産に対し、物品運送契約上の債務不履行責任または不法行為責任に基き、右損害の賠償をなすべき義務を負担するに至つた。

(二) そして、本件原糖の、チサダネ号が大阪港到着当時の本邦市場価格は、一キログラムあたり金五〇円を下らないものであるから、右損害賠償額は金一六〇万円を下らないものというべきである。

六、(一) ところで、前記本件原糖の運送に先立つて同三二年一二月一一日、南洋物産は原告との間で、本件原糖を保険目的とし保険価額米貨一三万九九九四ドルの約で、積荷海上保険契約を締結していたので、原告は同三三年七月八日、右損害保険契約上の債務に基き、南洋物産に対し、前記損害を填補する保険金一三七万六一八〇円を支払つた。

(二) したがつて、原告は前記南洋物産の被告に対する損害賠償請求権を右保険金支払額の範囲で代位取得した。

七、よつて、原告は被告に対し、前記損害金一三七万六一八〇円及びこれに対する原告において前記損害賠償請求権を取得した日の翌日である同三三年七月九日から右支払いずみまで、商法所定年六分の割合による遅延利息金の支払いを求める。

八、なお、被告の物品運送契約上の債務不履行責任に関しては、その準拠法は法例第七条第一項により当事者の合意によつて定められるベきであるから、本件船荷証券に記載するところに従い、「一九二四年八月二五日ブラツセルで署名された船荷証券に関するある規則の統一のための国際条約」に準拠すベきであり、被告の不法行為責任に関しては法例第一一条第一項により我国民法に準拠すべきである。

と述べた。

被告訴訟代理人は、本案前の申立として主文同旨の判決を求め、本案前の答弁として、

神戸地方裁判所は本件につき裁判権を有しない。

すなわち、本件原糖の運送契約に際し、運送人たる被告が荷送人たるインスチチユートに対し発行交付した本件船荷証券には「この運送契約による一切の訴は、アムステルダムにおける裁判所に提起されるべきものとし、運送人においてその他の管轄裁判所に提訴し、あるいは自ら任意にその裁判所の管轄権に服さないならば、その他のいかなる訴に関しても、他の裁判所は管轄権を持つことができないものとする。」との条項以下本件管轄約款という)が記載されているから、本件船荷証券上の運送契約に関する訴訟である本件訴訟については、アムステルダム裁判所が専属的合意管轄権を有し、神戸地方裁判所はその裁判権を有しない。

すなわち、日本の裁判権を排除し外国裁判所を専属的管轄裁判所とする合意は、それが日本の裁判権に専属しない事件に関するものであり、かつ当該外国管轄裁判所の属する国の法が右合意の効力を認めて事件を受理することが明らかであるかぎり、日本の国際私法の基準たる法例の禁止するところではなくまた日本の公序良俗に反するものでもないから、有効であると解される。ところで、本件は日本の裁判権に専属しない事件であり、かつオランダ国法上国際的専属管轄の合意は有効とされアムステルダム市の裁判所が本件訴訟を受理することは明らかであるから、本件管轄約款による国際的専属管轄の合意は有効である。

また専属管轄の合意の効力に関して、国際海上物品運送法(以下国際海運法という)上の問題についても、国際海運法は実体法上の運送人の責任軽減及び船荷証券に関する関係人の利害の調整に関する法律であつて国際民事訴訟法上の問題に適用されるべき法律ではないというべきであるが、仮にそうでなくても、オランダ国においても日本と同様に、国際海運法の基礎となつた「一九二四年八月二五日ブラツセルで署名された船荷証券に関するある規則の統一のための国際条約」(以下船荷証券統一条約という)を批准しているから、アムステルダム裁判所においても、本件損害の発生、その範囲、賠償責任の限度等の判断につき、右条約の規定によつて国際海運法と同様の拘束を受けるものであり、したがつて、本件管轄約款上の専属管轄の合意の効力を認めて本件につきアムステルダム裁判所の専属管轄を認めても、国際海運法の精神に違反するということはない。

以上の次第で、本件管轄約款上の専属管轄の合意は有効であり、本件の管轄権はアムステルダム裁判所に専属するから、本件につき裁判権のない神戸地方裁判所に提起された本件訴は不適法として却下されるベきである。

と述べ、

本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

原告主張の請求原因事実中、第一項の事実は認めるが、第五項(一)、第六項(二)の各事実は否認する、第二項(一)、第五項(二)、第六項(一)の各事実は知らない。

原告主張の不法行為責任に関する準拠法は、本件船荷証券上の約款に基き、オランダ法である。

と述べた。

原告訴訟代理人は、被告の本案前の主張に対し、

一、本件船荷証券の印刷された裏面約款中に、被告主張のごとき文言による国際的管轄約款(本件管轄約款)が存在することは認める。

二、しかし、本件管轄約款による管轄の合意は民事訴訟法第二五条第二項にいう書面による合意であるといえない。すなわち

(一)、本件船荷証券上には荷送人の署名が存在しないから、管轄の合意についての被告の申込に対する荷送人の承諾の意思表示が書面によつてなされているとはいえない。

(二)、本件管轄約款は、船荷証券の裏面約款の一部として判読することすら困難な極細字で印刷されたものであるから、民事訴訟法第二五条第二項が管轄の合意に関し特に当事者の利害に重要な影響があるものとして当事者の意思が明確に客観化されるべきことを要求している趣旨に照すと、右のような本件管轄約款による合意をもつて右規定にいう書面による合意であるということはできない。

したがつて、本件管轄約款による管轄の合意はその訴訟法上の効力を有しない。

三、また、本件管轄約款は、管轄の合意の対象となるべき訴訟に関し、その前段において「この運送契約に基く一切の訴訟」と規定しながら、後段において更に「その他のいかなる訴訟に関しても」と規定していて、管轄の合意の効力を受ける訴が特定していないしたがつて、本件管轄約款による管轄の合意は、一定の法律関係に基く訴に関してのみ管轄の合意を認むべきものとする民事訴訟法第二五条第二項に違反し無効である。

四、仮に本件管轄約款による管轄の合意が有効なものとするならば右管轄の合意は、管轄裁判所として法定管轄裁判所に付加してアムステルダム裁判所を指定する競合的合意管轄を定めたものと解すべきである。すなわち、

(一)、管轄約款の解釈にあたつては、専属管轄の合意であることを示す明確な文言が存しないかぎり、競合的合意管轄を定めたものと解すべきであるところ、本件管轄約款においては専属的管轄の合意であることを示す明確な文言はない。すなわち、本件管轄約款の前段には「この運送契約に基く一切の訴はアムステルダム裁判所に提起されるべきものとする」という規定があるが、これはアムステルダム裁判所が管轄権を有することを規定するに止まり、その他、他国の裁判所の管轄権を全面的に排除することまでも定めた趣旨ではないというベきであり、また後段において「他の裁判所は管轄権を有しない」旨の規定があるが、右の「他の裁判所」というのは「オランダ国内におけるアムステルダム以外の地にある裁判所」の意であると解せられる。何故ならそれが「他の一切の国の裁判所」の意であるとするなら、本件管轄約款中に用いられている、″NO OTHER COURT″なる語ではなく、明確に″NO OTHER COURT OF ANY COUNTRY″なる語が用いられるべきであるからである。

(二)、船荷証券所持人が運送人に対して提起する訴訟の多くは、本件のごとき運送品毀損を原因とする損害賠償請求訴訟であり、かゝる訴訟は、運送品が陸揚されて検査に付され損害の原因、態様、数額等が明らかにされる仕向国の裁判所において審理されなければ、事実の立証が殆んど不可能であるから、本件船荷証券の所持人においてアムステルダム裁判所以外の裁判所の管轄権を一切排除するような専属的管轄の合意をすることは、自から訴訟上の救済の途を閉すに等しく本件船荷証券の所持人にかゝる合意の意思があつたとは到底考えられないところである。

(三)、本件船荷証券の裏面約款第二条には次のとおりの規定があるすなわち、「(a)本件船荷証券は、船荷証券統一条約第一条から第八条までの条項に従つて効力を有するものとし、これらの条項は本証券に合体されたものとみなす。本証券に記載されたいかなる条項も、右条約の下における権利または免責を運送人が放棄したものとみなされてはならない。<以下中略>(b)前記条約を修正しまたは無修正のまゝこれに法としての効力を与えた法規が船積がかような法規の強行法的規制を受けるに至るような場合には、本証券は、該法規がその文言どおりに本証券に記入されている場合と同様に該法規に従つて効力を有するものとする。本証券中のいずれかの条項の全部または一部が右法規に牴触するときは、本証券からその条項は抹消されたもの(但し牴触した限度以上に出ないものとする)とする。」

すなわち、右約款条項の(b)項は、本件船荷証券上の運送に関する法律関係につき引渡地国の強行法的規制を受ける場合を明示しこれに対応して設けられた規定であつて、右規定は本件船荷証券上の紛争について物品引渡国の裁判所が管轄を有することを予定している。

かゝる条項が存在する以上、船荷証券の裏面約款は右条項をも含めて総合的に解釈すべきであるから、本件管轄約款は前記のごとき競合的合意管轄を定めたものと解すべきである。

五、仮に本件管轄約款が被告主張のような専属的合意管轄を定めたものとするならば、それは次の理由によつて無効である。すなわち、

(一)  外国裁判所を専属的管轄裁判所と定め内国裁判所に対する訴権を放棄させるような専属的管轄の合意は訴訟法上最も重要なかつ異例の合意であるから、船荷証券の裏面約款というような普通契約条款中に、右のような専属管轄を定めた約款が存在しても、右約款は当事者間に管轄の合意の効力を生ぜしめるものとはいえない。

(二)  また、本件管轄約款によると、運送人たる被告が任意に提訴しまたは応訴する訴訟については、アムステルダム裁判所以外の裁判所も管轄権を有することになるから、本件管轄約款が専属的合意管轄を定めたものとするならば、当事者の一方たる本件船荷証券の所持人のみが専属的合意管轄による不利益を蒙ることになる。かゝる船荷証券の所持人にとつてのみ不利益な不平等な本件管轄約款は、訴訟上当事者の立場は平等であるべき原則に背馳し、また船荷証券統一条約の精神に違反し、ひいては公序に違反するものであつて、無効である。

と述ベた。<証拠省略>

理由

一、国際的裁判管轄の合意の成立

インスチチユート・ド・アリカル・エ・ド・アルコールと被告との間に本件原糖の海上運送契約が成立し、運送人たる被告が荷送人たるインスチチユートに本件船荷証券を発行交付したこと及び、本件船荷証券に記載の条項中に被告主張のごとき英文の国際的裁判管轄に関する約款(本件管轄約款)が存在することは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の一、二によると、右約款は本件船荷証券の裏面に記載の被告の普通契約条款に含まれていることが認められる。

すると、特にインスチチユートにおいて本件船荷証券の交付を受けた際に本件管轄約款によらない旨を表示したことあるいは右交付を受けた後に本件管轄約款に関し異議を述べたことを認めるに足りる証拠がないから、右本件船荷証券の発行交付によつて被告とインスチチユートとの間に本件管轄約款に記載された国際的裁判管轄の合意が成立したというべきである。

二、専属的裁判管轄の合意かまたは競合的裁判管轄の合意、

鑑定人川上太郎の鑑定の結果によると本件管轄約款文言の日本語訳は「この運送契約に基く一切の訴訟は、アムステルダム裁判所に提起されるべきものとする。他国の裁判所は、他のどんな訴訟に関しても管轄権を有しないものとする。たゞし、運送人が他の裁判所に提起し、または自発的に他の裁判所の管轄に服したときは、この限りではない。」というのであると認められる。

そして、本件管轄約款の文言及び民事訴訟法第一条第四条第一項の趣旨により、本件についてアムステルダム裁判所も法定管轄権を有すると解せられることから考えると、右約款は、本件船荷証券上の運送契約に関し荷送人、荷受人、船荷証券の所持人が被告に対して提起する一切の訴訟に関しては、アムステルダム裁判所を第一審の管轄裁判所と指定し他の国の裁判所の裁判権を排除する専属的裁判管轄の合意の趣旨であると解せられる。

もつとも、前記甲第一号証の二によると、本件船荷証券の裏面に記載の被告の普通契約条款中には、本件船荷証券上の運送に関する法律関係につき船積地または引渡地国の強行法的規制を受ける場合を予定した条項が存在することが認められる。しかし、本件管轄約款によると、運送人が提起する訴訟または運送人が任意に応訴する場合には、船積地または引渡地国の法定管轄裁判所も管轄権を有することになる(ただし、本件管轄約款中、運送人がアムステルダム裁判所以外の他の国の裁判所に提訴できる部分が有効であるかどうかは別問題とする)のであるから、前記のごとき条項が本件船荷証券上の約款中に存在することは、本件管轄約款による合意を前記のような専属的裁判管轄の合意であると解することの妨げとはならない。

三、本件国際的専属裁判管轄の合意の有効性

(一)、一般に、日本の裁判権を排除し外国裁判所を第一審の専属的管轄裁判所と指定する合意であつても、それが日本の裁判権に専属しない事件に関するものであり、かつ当該外国法上でその国の裁判所が当該事件につき国際的管轄権を有することが明らかである限り、かゝる専属的管轄の合意は国際民事訴訟法上原則として有効であると解せられる。本件は日本の裁判権に専属しない事件であり、かつ成立に争いのない乙第一号証によると、アムステルダム裁判所は本件につき管轄権を有することが明らかであるから、本件国際的専属管轄の合意は国際民事訴訟法上原則として有効であると解せられる。

(二)、民事訴訟法第二五条第二項は裁判管轄の合意について書面によることを要求し、右規定の解釈上裁判管轄の合意はその申込及び承諾の二者がともに同一または別個の書面によつてなされるべきであると解せられる。

ところが、本件国際的裁判管轄の合意は、本件船荷証券の裏面に記載の普通契約条款によつてなされたものであることは前述のとおりであるが前記甲第一号証の一(本件船荷証券)によるも特に本件船荷証券上に荷送人たる前記インスチチユートの署名は存在せず、本件国際的裁判管轄の合意に関する右インスチチユートの承諾の意思表示が書面によつてなされていると認めることはできない。すると、本件国際的裁判管轄の合意は書面によるものということはできず、民事訴訟法第二五条第二項の要件を完備しているものということができない。

もとより、国際的裁判管轄に関する問題については国内的裁判管轄権に関する規定である民事訴訟法の直接の適用はないが、国際的裁判管轄に関する直接の成文法規が存在しないので、国際的裁判管轄に関しても、合理的であると判断される限度で、民事訴訟法の規定が類推適用されるべきである。

しかし、国際的裁判管轄の合意についての有効要件に関しては次に述べるような理由によつて書面によるべきことを要求する民事訴訟法第二五条第二項の適用は緩和されるべきであると解せられる。

すなわち、鑑定人川又良也の鑑定の結果によると、ドイツ法、フランス法、英米法においてはその国内民事訴訟法上裁判管轄の合意について書面によるべきことを要求していないこと、及び国際海上物品運送取引に際し、船荷証券の裏面約款中に国際的裁判管轄約款が記載される場合は多いが、我国をはじめ諸外国の立法上、船荷証券に荷送人の署名があることを必要としていない国が多いことが認められる。したがつて、国際海上物品運送等の渉外的取引に付随してなされる国際的裁判管轄の合意に関し、我国の国際民事訴訟法において、書面によるべきであるとする民事訴訟法第二五条第二項の原則を厳格に適用し、諸外国の立法上普遍性を有しない制限的要件を課することは、渉外的取引の安全の見地からいつて妥当性を有しない。

一方、民事訴訟法第二五条第二項が裁判管轄の合意について書面によるべきことを要求するのは、当事者の意思を明確に残しておく趣旨にでたものであると解せられる。

以上の渉外的取引の安全の見地及び民事訴訟法第二五条第二項の趣旨に照らすと、国際的裁判管轄の合意の有効要件については、その合意が書面によるべきであるとする民事訴訟法第二五条第二項を厳格に適用されるべきではなく、右合意の存在と、その内容が明白であることをもつて足りると解すべきである。

本件国際的裁判管轄の合意が被告発行の本件船荷証券の裏面に記載の普通契約条款によつてなされたものであり、前記インスチチユートにおいて本件船荷証券の交付を受けたことは前述のとおりであるから、右事実をもつて右合意の存在と内容は明白であるというべきであり、したがつて、右合意につき右インスチチユートの承諾が書面によつてなされていなくても、右合意を国際民事訴訟法上も無効とすべきではない。

また、民事訴訟法第二五条第二項は、裁判管轄の合意は一定の法律関係に基く訴に関しなされるべきことを要求し、右規定は国際的裁判管轄の合意に関しても類推適用されるべきものと解せられる。

ところで、本件管轄約款を合理的に解釈すると、本件国際的裁判管轄の合意は本件船荷証券上の運送契約に基く一切の訴訟に関しなされたものと解せられる。

したがつて、本件国際的裁判管轄の合意は、一定の法律関係に関しなされたものというべく、前記規定に照らしても無効のものではない。

(三)、国際海運法第一五条第一項は、運送人の運送品に関する損害賠償についての同法上の諸規定に反して荷送人、荷受人または船荷証券所持人に不利益な特約をすることを禁止している。

もとより右規定が直接に禁止する免責約款は、運送人の実体法上の免責に関するものであるが、右規定は公序法規と解せられるから、国際的民事訴訟法上の問題である船荷証券上の裁判管轄の合意の効力の有無について判断するに際しても、右規定の精神が条項として斟酌されるべきであると解せられる。

ところで、国際海運法は船荷証券統一条約の批准にともない右条約を国内法として立法化したものであるところ、右条約は、その締結以前に海上運送人が濫用した免責約款に制限を加え、合理的な範囲を超える免責約款を禁止するとともに、合理的な範囲を逸脱しない免責約款についてはこれを条約に取入れ、運送人は一定の場合には当然免責されるべきことを規定した。

したがつて、右条約と趣旨を同じくする国際海運法の精神に照すと、船荷証券上の裁判管轄の合意に関してもも、それが運送人の利益をはかることを目的としたというだけで直ちに無効とされるべきではなく、運送人の免責を意図して本来適用されるべき公序法の適用を免れることを目的とするもの、または合理的な範囲を超えて運送人に偏益するものと判断されるものに限り、無効とされるべきであると解せられる。

ところで、本件管轄約款は、運送人たる被告の本店所在地国たるオランダのアムステルダム裁判所に裁判管轄権を指定するとともに、荷送人、荷受人、本件船荷証券の所持人が提起する訴訟に関して他の国の裁判権を排除することを定め、運送人たる被告が提起する訴訟に関しては右のような裁判権の排除を定めないものであるから、これは運送人たる被告の利益をはかることを目的としたものであるということができる。

しかし、鑑定人川又良也の鑑定の結果によると、オランダは船荷証券統一条約を採用している国であることが認められ、また前記甲第一号証の二によると被告の普通契約条款中には「本件船荷証券は船荷証券統一条約第一条から第八条までの条項に従つて効力を有するものとし、これらの条項は本証券に合体されたものとみなす。」旨の条項が存在することが認められるから、本件管轄約款が、本来適用されるべき公序法たる船荷証券統一条約またはその国内法化された法律の適用を免れることを目的としたものであるということはできない。その他本件管轄約款が本来適用されるべき公序法の適用を免れることを目的としたものであると認めるに足りる証拠はない。

また、民事訴訟において「原告は被告の管轄裁判所に提訴するを要する」との原則は、当事者を平等に取り扱うべしとする公平の要請から古来ひろく認められているところ(民事訴訟法第一条第四条第一項)であり、さらに被告が国際的海上物品運送業者であることは当事者間に争いがないから、被告において世界各地に散在する荷送人、荷受人、船荷証券所持人との間で、世界各地を履行地とする運送契約につきその履行に関する紛争を持つこと、したがつて被告が右荷送人らとの間で裁判管轄に関する約款を締結しなければ、世界各地において数多くの訴訟に応じなければならないことが予想される。右のごとき民事訴訟の原則及び被告の国際的海上物品運送業者としての立場を考慮すると、被告において、少なくとも右荷送人らが運送契約上の履行に関して被告に対して提起する訴訟について、本来法定国際的裁判管轄権が認められている被告の本店所在地国たるオランダの裁判所に専属的裁判管轄権を指定することは、合理的な範囲を超えて運送人たる被告に偏益するものということができないと解せられる。

したがつて、本件管轄約款は、荷送人、荷受人、船荷証券所持人が被告に対して提起する訴訟につきアムステルダム裁判所に専属的裁判管轄権を指定する限度においては、国際海運法の精神に違反するものではないというべきである。

(四)、本件管轄約款は被告の普通契約条款として存在するものであるので、それが被告において企業者としての経済的優位を不当に利用して合理的範囲を逸脱してその一方的利益に供するものと判断される場合には、公序良俗に反するものとして無効となると解せられる。

しかし、本件管轄約款は、前述のとおり、少くとも荷送人らが被告に対して提起する訴訟に関する部分については、国際海運法の精神に違反するものではなく、また本件管轄約款締結の一方の当事者たる前記インスチチユートをはじめ被告の顧客間の多くは商人であるから、少なくとも本件管轄約款のうち国際海運法の精神に違反しない部分については、前記判断基準に照し、公序良俗に違反しないものというべきである。

(五)、以上の次第で、本件管轄約款は、少なくとも荷送人らが被告に対して提起する訴訟に関する部分については、これを無効とすべき法的根拠はなく、したがつて、本件国際的専属裁判管轄の合意は、少なくとも右部分に限り、被告と前記インスチチユートとの間で有効に成立したということができる。

四、本件国際的専属裁判管轄の合意の効力の範囲

ところで、原告は、荷送人たる前記インスチチユートから本件船荷証券の交付を受けた荷受人たる南洋物産が被告に対して取得した運送品毀損を原因とする損害賠償請求権を、保険代位によつて取得したと主張し、右損害の賠償を求めて本訴を提起したものである。そこで、前記のとおり被告と右インスチチユートとの間で成立した本件国際的裁判管轄の合意の効力が、本訴についても及ぶか否かについて判断する。

まず、原告が本訴の訴訟物として主張する権利は、本件運送契約に基く被告の債務不履行による損害賠償請求権及びこれと競合する不法行為による損害賠償請求権の二者であるところ、本件管轄約款の解釈上、前者を訴求する訴訟はもとより後者を訴求する訴訟も、いずれも本件国際的専属裁判管轄の合意の対象となるべき訴訟であると解せられる。

次に、前記のとおり被告と前記インスチチユートとの間に成立した本件国際的裁判管轄の合意の効力が、原告に対しても及ぶか否かについて考えてみる。国際的裁判管轄の合意は、訴訟上の合意であるが、その対象とされた法律関係が当事者間においてその内容を自由に定められる性質のものである限り、右法律関係の特定承継人に対しても右合意の効力が及ぶと解せられる。

すると、船荷証券は国際海運法上の制限を除くと本来自由に任意的記載をなすことができるものであつて、証券上の運送契約上の債権は当事者がその内容を自由に定められるべき性質のものであるから、本件国際的専属裁判管轄の合意の効力は原告に対しても及ぶものというべきである。

五、すると、本件国際的専属裁判管轄の合意によつて、本訴につき日本の裁判所の裁判権は排除されることになるので、当裁判所に提起された本訴は不適法である。

よつて、本訴を却下し、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上喜夫 森本正 黒田直行)

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